2ch復讐速報

2chまとめブログ 復讐 修羅場 因果応報

殿堂入り・傑作選(アンテナ経由)

【復讐】兄嫁に嫌味をいわれはじめた。 剣道部だったため「妹ちゃん臭いねw」(入浴後)とか

【復讐】シュールストレミング(「世界一臭い食べ物」と評される缶詰)を不良グループのたまり場に投げ込んだ

【復讐】二人とも一応世間では名の通った企業に勤めてはいるが、DQNな義弟夫婦。ブサイクで躾のなってない2歳半のガキがいる【長編】

【修羅場】父のイ昔金で俺に売られたと言って泣き出した。、本当に好きな人と恋をしたかった、好きな人と結婚したかったと。

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daddy_pipecut

316: 可愛い奥様 2011/03/01 (火) 22:55:23.22 ID:HtZb/BwN0

彼にフラレテしばらく記憶喪失になった。5日間何も口に出来なくなった。

そしてふと、復讐すればいいと思い、まず自分を破壊しようということになって、
しまったんだと思う。バブル入社でいい思いをしていた会社を辞める。

実家を出て一人暮らし、拒食症。どうにもならない状況が10年近く過ぎて、
毎日彼に憎しみを持って泣いていた。あるときは、彼が謝ってくれてやり直したいって
言ってくれたんで泣いて抱きついたら夢だった。悲しくて惨めで泣いた。

その夢を見たら、急に彼が今結婚して幸せなんじゃないかって悔しくなって、
何とかしなくちゃっていう思いが先行して、パート先の手短な男の人と擬似恋愛して
結婚した。それが今の旦那なんて誰にも言えません。





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daddy_pipecut

562: 名無しさん@おーぷん 投高日:2014/05/17(土) 18:07:05 ID:RuP6v9yzy

人間的に出来てないダメダメ男が超稚拙な文章で投下。
人によっては胸糞かもしれない。

小2くらいから姉に(○的)○待されてた俺。
俺を着せ替え人形みたいに扱って女装させたりペットのように
首輪をつけたりし、その格好で外を歩かされた。
女装に関しては下着まで強要された。当然俺は嫌がった。


従わなければ従うまで○るから、俺は毎日のように泣きながら外を
徘徊したのを今でも鮮明に覚えている。
でも世間体もあり泣いてたら「泣くな!笑え!」とまた○力を振るわれる。


表面上では仲良さそうに振る舞わされていたから「俺が姉から○的○待を
受けている」というより「俺に女装やペット扱いされる○癖があった」
という噂の方が有力ですぐに周りの住民に知れ渡ったので、俺は学校でも
よくいじめられた。

姉にはいい思い出などほとんど無い。
俺の自転車を取り上げて自宅から5キロ近く離れたところまで行き、
その帰り道に、姉だけ自転車に乗って俺は乗せないで走らせた。
俺が泣きながら追いかけても姉は無視して一人で帰ったり。

よく○られて泣かされたのは勿論、部屋へあがるコンクリートの通路に
突き倒されたり階段から突き落とされたりと、色々と酷いことをされた。

大抵親がいないところでされる。俺がチクったら〆てくれるときもあるけど
そうしたらそうしたで後で○られる。

本人からしてみれば○待とかそんな意識は無く純粋におふざけというかじゃれ
あいのつもりだったんだろうな。

俺と姉は四歳違いだけど、小さかった頃は親二人とも俺を可愛がって
(甘やかされていたわけではない)姉をほったらかしにしていたから、
姉はそのストレスを俺で晴らしていたのかもしれない。
だからと言って許すつもりはないけど。

長くなったがここまでが前置き。







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daddy_pipecut

644: 名無しさん@おーぷん 投稿日:2014/09/23(火) 12:48:24 ID:grRILOxzB

叔母(父の妹、50代後半)は親戚中のお姫様な人。
旦那との間に子供はいない。

若いころは細くて小柄でそりゃもう妖米青のように可愛らしかったと
よく写真を見せられた。確かに可愛い。当時は。
しかし今は加齢には勝てずミニデブのおばさん。150㎝あるかないかで
70㎏くらいある。
でも親戚や、うちの父や、叔母の旦那にとっては今も細くて小さな
妖米青ちゃんが見えてるらしい。


うちの母はその年代にしては背の高い人で165㎝くらいある。叔母にはいつも
陰でゴリラと言われていびられていた。
同じくすくすく育って167㎝になった私も叔母に会うたび
大きすぎてシ也沼っぽいとか本当に女なの?整理ある?pgrとか言われていた。


若い頃は母も叔母の所業を父に訴えたりしたらしいのだが父は「ひがむな」
「デカいのは本当のことだろ」と言って相手にもしなかったという。

そのうち母もあきらめて訴えるのをやめ、私と叔母がなるべく会わないよう
こっそり陰で画策してくれた。
それでも冠婚葬祭やお正月なんかはどうしても顔を合わせたけど、数時間の
ことだからと我慢してた。

しかし叔母がついに妖米青の座から陥落する日がやって来た。



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